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定番を知りつくした方に… お伊勢めぐり上級編

茜社【あこねやしろ】
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外宮神苑・勾玉池のほとりのこの地は、上古「赤畝(あかうね)」と呼ばれた土地。古くこの地に鎮座した本社は「赤畝の社」と呼ばれ、外宮の摂社であったものと推定されます。創祀は不詳ですが、14世紀ごろの記録『豊受大神宮禰宜補任次第』がそれを語っています。
しかしやがて当社は、歴史の流れの中で荒廃し、室町時代に至って土地の人々の産土神としてよみがえります。かつての赤畝の社はなまって「あこね」となります。「茜」の字があてられたのは明治初期です。
以来、「あこねさん」は、域内の茜稲荷や茜天神とともに土地の人々(産子)の願いをきいてきました。五穀豊饒・商売繁昌・家内安全・学業成就など。
本社は、山田産土神(うぶすなかみ)の一つであり、また神宮御遷宮のたびにその残材の払いさげを受けて神宮にならって御遷宮をしてきたのです。


麻吉旅館【あさきちりょかん】
木造6階建ての旅籠
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江戸時代、遊郭の場所として栄えた街に唯一当時の面影をそのまま残した楼閣。斜面に建つ歴史的な木造宿と、その脇をすり抜ける急坂の風景は、ここにしかない貴重な空間です。
【住所】伊勢市中之町109
【電話番号】0596-22-4101


旭湯【あさひゆ】
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日本の銭湯の元祖は、天正19年(1591)に伊勢与市という人物が日本橋あたりで開いた蒸し風呂で、江戸のまちでたいそう評判を呼んだとか。その与市がヒントにしたのが、海水浴発祥の地・二見浦で盛んに行われていた潮浴びだったそうです。「おかげ風呂館」館長の酒徳覚三さんはこのお伊勢参りの伝統行事・潮浴びを復活。毎朝夕、二見へ出掛けては海水を汲み、銭湯の湯を沸かします。そんなお風呂屋さんだけに、館内には「伊勢与市翁像」がでんと座り、与市が江戸で始めた銭湯の説明資料のそろっています。ほかに、産湯の桶などお風呂ゆかりの道具もあり、銭湯に来たお客さんも興味深く見ていうくということです。


荒木田守武の句碑【あらきだもりたけのくひ】
俳祖・荒木田守武の代表句
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室町後期に伊勢の神境を象徴する名吟と言われた俳祖・荒木田守武が、64歳の時に作った代表句の碑。旧宅跡近くの神宮ばら園の一角に、没後410年を記念して建てられました。
【住所】伊勢市宇治中之切町152
【電話番号】0596-22-0001


五十鈴川【いすずがわ】
伊勢を流れる神聖なる川
神路山・島路山を源として内宮神域を流れる、伊勢湾に注ぐ全長約20キロの河川。倭姫命(やまとひめのみこと)が御裳のすその汚れをすすいだという伝説があり、御裳濯(みもすそ)川とも呼ばれます。また、いすゞ自動車の社名由来にもなっています。


伊勢市観光文化会館【いせしかんこうぶんかかいかん】
文化を創造
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集会都市・伊勢の中核施設で、1,300人収容の大ホール、500人収容の大会議室などを完備。また、音楽・演劇・各種大会にも利用され、伊勢の文化を育んでいます。
【住所】伊勢市岩渕1-13-15
【電話番号】0596-28-5105


伊勢電山田西口駅記念室【いせでんやまだにしぐちえききねんしつ】
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この場所には昭和17年まで伊勢電の山田西口駅があり、前のとおりを伊勢電特急「はつひ」や「かみぢ」が疾走していました。東のトンネルを抜けてNTTの場所が終点の大神宮前。一方の西側のトンネルを抜けると宮川堤でした。その先の宮川には十年前まで橋桁(ピーヤーと呼んでいました)が残っていましたが、いまはそれもありません。記念室は館長の松月清二さんが「郷土の歴史に関心を持つ小さなきっかけになれば」と解説した資料館です。室内には伊勢電の写真や関連の図書が飾られており、往時の「伊勢電」をしのぶことができます。「伊勢には失われた鉄道がいくつもあります。それらは伊勢市民の心にまだまだ郷愁として残っていると思う」と語る松月さん。そんな伊勢電の思い出話を聞くのも楽しみの1つです。


伊勢根付彫刻館【いせねつけちょうこくかん】
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”根付”とは、江戸時代に大流行した、印籠や煙草入れの端につけるミニ彫刻のことです。かつては、お伊勢参りの人気みやげの一つだったので、伊勢は今なお、全国でも根付師(根付を彫る職人)の多いところとして知られています。館長の中川忠峰さんは、伊勢根付に魅せられて10数年という熟練の根付師。伊勢市の西郊にある工房(伊勢根付彫刻館)には、中川さんの作品をはじめ、地元で活躍する根付師の作品約80点が並んでいます。 また”木の宝石”と呼ばれるツゲの中でも、特に粘りと堅さのある伊勢独特の「朝熊ツゲ」を使って、干支や七福神などの精緻な模様を彫り込んだり、きめ細やかに磨きあげたりする作業など、根付が完成するまでの様子が見学できます。


伊勢のマンホール【いせのまんほーる】
古風なデザインが魅力
お伊勢まいりがデザインされたマンホールの蓋。中にはカラーのものもあり、アスファルト上ではひときわ目を引きます。「宇治山田」の市名のまま現在も使われているレアなマンホールもありますので、探してみては?
また、二見には夫婦岩のマンホールがあります!


伊勢古市参宮街道資料館【いせふるいちさんぐうかいどうしりょうかん】
古市の繁栄を伝える資料館
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外宮と内宮を結ぶ参宮街道の歴史、参宮帰りの精進落としで賑わった遊里(歓楽街)、江戸と上方の役者の登竜門だった伊勢歌舞伎について、資料や映像で学ぶことができます。
【住所】伊勢市中之町69
【電話番号】0596-22-8410


伊勢和紙館【いせわしかん】
伊勢和紙のルーツはここ
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伊勢神宮の御神礼に用いる和紙を製造する大豐和紙工業の敷地内にある博物館。杉皮や海藻を使用した伊勢らしい手すき工芸紙は、心が和むやさしい風合いです。(体験可能)
【住所】伊勢市大世古1-10-30
【電話番号】0596-28-2359


磯神社【いそじんじゃ】
御巡幸の足跡を残す場所
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倭姫命(やまとひめのみこと)の巡幸地の一つとして知られる神社。境内の周囲を縁取る白やピンクのつつじは、4月下旬から5月上旬が見頃!また、隣接するつつじ公園では四季折々の花が楽しめます。
【住所】伊勢市磯町1069
【電話番号】0596-37-5261


岩田提灯店【いわたちょうちんてん】
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創業以来150年も続く提灯店で、伊勢神宮御用達。
糸で竹ひごを結んだり、和紙を一枚ずつ張り合わせていく作業を間近で見ることができます。
【住所】伊勢市船江2-4-19
【電話番号】0596-28-3041


宇治神社の足神さん【うじじんじゃのあしがみさん】
健脚の神様
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足腰の病にご利益があり、伊勢出身の野口みずきさんがアテネ五輪の前に参り、金メダルを獲得したことで脚光を浴びました。境内には撫石があり、悪い足とこの石を交互に撫でることで平癒を祈願します。わらじを献ずる慣習も続いています。
【住所】伊勢市宇治今在家町172
【電話番号】0596-24-9587


牛谷坂【うしたにざか】
牛鬼伝説が残る坂
牛鬼という怪物がいたという牛鬼伝説が名前の由来とされている牛谷坂。春には道の両側の桜が咲き誇り、桜のトンネルができます。途中には小坡(しょうは)美術館もあります。
【住所】伊勢市桜木町・宇治浦田


大五輪の五輪塔【おおごりのごりんとう】
県内最大の古塔
縁起に関しては諸説があるようですが、古くから対立していた内宮・宇治、外宮・山田の国司の間で、室町期に起こった争乱の戦没者供養碑と言われています。16世紀初頭以前の古塔では県内最大の大きさ。
【住所】伊勢市楠部町


大湊海岸【おおみなとかいがん】
かつては造船の町として繁栄
豊臣秀吉が朝鮮出兵に用いた「日本丸」を造ったことでも有名なこの地。宮川と五十鈴川の河口にある海岸は、シーズンになると潮干狩りやウィンドサーフィンで賑わいます。
【住所】伊勢市大湊町


尾崎行雄【おざき ゆきお】
憲政の神とたたえられた尾崎行雄(1858~1954)の記念館。若くして自由民権運動に身を投じ、国会開設以来の連続当選25回63年余の衆議員議員としての活動は世界議会史上の記録となり、日本議会政治の父と仰がれている


小津安二郎【おづ やすじろう】
明治36年(1903)、東京市深川区で肥料問屋を営む父寅之助、母あさえの5人兄妹の次男として生まれる。寅之助の、子供の教育は田舎の方がいいという考えで、父だけ東京に残り、一家は父の郷里の松阪市に転居し、松阪市立第ニ尋常小学校4年に転入する。
大正5年、同小学校を卒業するや、4月に「三重県立第四中学校(現宇治山田高校)」に入学。寄宿舎に入り、柔道部に入部などスポーツを楽しむ。大正10年、宇治山田中学校を卒業。神戸高商・三重県立師範学校を受験して落ち、三重県飯南郡宮之前の尋常小学校に代用教員として勤める。
この、小津安二郎が通学した宇治山田中学跡地は、先の大戦で空襲に遭い、今は船江公園(船江1丁目)となっており、隣接地の寄宿舎跡地には赤レンガの煙突が残り、それぞれに名前を刻んだ石柱が立つ。
今、小津を偲ぶ伊勢市民が「小津安二郎生誕100年記念・伊勢映画フェスティバル2003実行委員会」を設置し、中学校跡地に記念碑の建立や、映画会・コンサートなどを計画している。蔵が並ぶ川崎の街並みの近くにあり、散策のルートに加えていただければありがたい。
多感な青春時代を過した伊勢の地。多分何杯も食べたであろう「喜八屋」の伊勢うどん・・。朝熊山に登ったりした学生生活が、彼の日記から浮かび上がる。


音無山【おとなしやま】
伊勢湾が一望できる山
標高119.8メートルの山で、展望台や遊歩道がありハイキングコースとして親しまれています。展望台から見る伊勢湾は絶景!春には満開の桜が山を覆い尽くします。
【住所】伊勢市二見町江


御師【おんし】
旅行業もこなしていた伊勢神宮の神職
江戸時代御祓大麻(おはらいたいま)を渡し、一般の人々に代わって祈祷を行うとともに、参拝者の宿泊・案内にも活躍。これらの御師たちの館が立ち並んでいた通りが、「おはらい町」と名付けられました。
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神落萱神社【かみおちがやじんじゃ】
子孫繁栄を願う神社
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伊勢神宮外宮の禰宜(ねぎ)だった度会氏が子孫繁栄を願い祀った神社。毎年1月8日に男女のシンボルを模した紅白の餅をまく「子授け餅まき神事」が行われます。
【住所】伊勢市倭町18


神路通り【かみじどおり】
神様の通り道
月夜見宮から外宮北御門まで続く約300メートルの道路。神路通りは、月夜見宮の祭神・月夜見尊が豊受大御神のもとへ通う道と言われており、地元では「道の中央は人は通らず」と伝えられています。
【住所】伊勢市一志町


臥竜梅【がりゅうばい】
道真公が奉納した梅
無罪で左遷された菅原道真が、冤罪がはれることを伊勢神宮に祈って植樹したという梅。一つの花に多くの実をつける珍しい種類で、早春の頃に咲く紅色の花はうっとりする美しさです。
【住所】伊勢市御薗町新開


河辺七種神社【かわべななくさじんじゃ】
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河崎町の産土神をおまつりし、例祭日は7月中旬の天王祭で、神輿や勢田川で水中花火などが催されます。町民からは「てんのうさん」といって親しまれている。


かんこ踊り【かんこおどり】
宮川沿いに残る奇祭
伊勢地方に伝わる盆踊りの一種。シャグマと呼ばれる白馬の毛でできたかぶり物と腰みのをつけた踊り手が、胸に抱えた太鼓を叩きながらたいまつの周りを舞う姿は幻想的です。
御薗町上條 8月14日
御薗町小林 8月15日
円座 8月15日
佐八 8月16日


木遣り【きやり】
式年遷宮を盛り上げる掛け声
遷宮の御木曳行事で、御神木を運ぶための作業毎に唄があり、神領民であった伊勢の人々が現在まで守り伝えてきました。現在では、毎年10月に行われる初穂曳等でも唄われています。


久昌寺【きゅうしょうじ】
平家の菩提を弔うお寺
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壇ノ浦の戦いで敗れ、落ちのびたと言われる平知盛とその子孫のための五輪塔が建っています。近くには、敵に追われた落人たちが女性や子どもをかくまったという洞窟が!
【住所】伊勢市矢持町


旧豊宮崎文庫【きゅうとよみやざきぶんこ】
外宮祠官子弟の学び舎
江戸時代、外宮祠官子弟の修学道場として発達し、図書館と学校の性格を併せ持っていました。当時は書庫・講堂等がありましたが、今は表門を残すのみとなっています。
【住所】伊勢市岡本


黒門【くろもん】
元・御師邸宅の立派な表門
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江戸時代に活躍した御師・福島みさき大夫(おんし・ふくしまみさきだゆう)の屋敷の門(安永9年建設)を昭和10年に移築したもので、昭和33年に伊勢市の文化財に指定されました。
【住所】伊勢市神田久志本町(御幸道路沿い)


小西萬金丹【こにしまんきんたん】
参宮客を救ってきた漢方薬の老舗
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外宮にほど近い旧参宮街道沿にあり、江戸時代(1676年創業)からの歴史を持つ漢方薬の老舗。萬金丹は、胸やけ、腹痛など万病に効く「お伊勢さんの霊薬」として人気です。伊勢特有の「切妻造り」も一見の価値あり!
【住所】伊勢市八日市場町1-20
【電話番号】0596-28-2647


欣浄寺【ごんじょうじ】
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本寺は、天文9年(1540)、易誉(えきよ)上人の開基と伝えます。法然上人(1133~1212)の日本二十五霊場の十二番に数えられています。
寺宝に、著名な円光大師(法然上人)感得日の丸名号と円光大師満月像を伝えています。
日の丸名号というのは、承安5年(1173)、法然上人が念仏弘通を願って神宮に参籠し、一心にお念仏を申されるとやがて大日輪が現れ、その中に六字の名号「南無阿弥陀仏」が光り輝いたという言い伝えです。
また満月像は、法然上人が讃岐国に流罪のとき、神宮へ納めるために自分の像を彫り、故あってその像をこの寺に納めることになったとき、当寺の住職も同時に満月が本堂に下りてきた夢を見た、とされていることから名付けられました。
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桜木地蔵【さくらぎじぞう】
出世地蔵として知られる
子育て・病気除けに霊験があり、大岡忠相が訪れ江戸町奉行になったことから、出世地蔵としても有名。幕下の頃から毎年武蔵丸がお参りし、横綱になったことで名声が高まりました。
【住所】伊勢市桜木町


猿田彦神社【さるたひこじんじゃ】
「みちひらきの神」として有名
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天孫降臨の時に道案内を務めた猿田彦大神と御商の大田命が祀られ、家業繁栄や交通安全で人々の信仰を集めています。毎年5月5日に行われる豊作祈願の御田祭(おみた)は、初夏の風物詩。
【住所】伊勢市宇治浦田2-1-10
【電話番号】0596-22-2554


沢村栄治・西村幸生記念碑【さわむらえいじ・にしむらゆきおきねんひ】
伊勢が生んだ伝説の2投手
倉田山公園野球場入り口には、戦前のプロ野球を支えた読売巨人軍・沢村栄治、阪神タイガース・西村幸生両投手の胸像があります。ここに来たら、伝説の名投手になれるかも!
【住所】伊勢市楠部町


注連縄【しめなわ】
一年中飾る注連縄
伊勢志摩地方の注連縄は魔よけの木札が付けられたもので、各家庭では一年中飾るという風習があります。伊勢の注連縄は左が太いのが特徴。


寂照寺【じゃくしょうじ】
神宮を愛した千姫の菩提寺
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二代将軍・徳川秀忠の娘・千姫ゆかりの寺。伊勢神宮を厚く崇敬していた千姫の没後、知恩院第37世寂照知鑑上人が伊勢と神宮ゆかりの地、古市に菩提寺として建立しました。
【住所】伊勢市中之町101
【電話番号】0596-22-3743


寿巌院【じゅがんいん】
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当寺は、元和元年(1615)、綠蓮社欣誉巌上人の開基と伝えられています。
宝永3年(1706)の大火から中興、その後山下にあったものを山上の現在地に移築し、明治の廃仏棄釈にも耐えて入門寺・念仏寺・善念寺などを合せながら今日に至りました。
境内にある「眠地蔵」は不眠症や子供の夜泣きに、「身代わり地蔵」は病人の身代わりになってくれると伝えられてきました。
また、三浦樗良(1729~80)の落葉塚、神風館十一世野篠寸大(1726~1807)らの句碑のほか、六地蔵石幢(17世紀)があります。


鷲嶺【しゅうれい】
宮本武蔵の修行地
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標高548mの山で、吉川英治著の『宮本武蔵』にも登場。また、平家の落人伝説があり、山頂の鷲嶺観音は壇ノ浦に向かって平氏の冥福を祈っていると伝えられます。


鷲嶺の水穴【しゅうれいのみずあな】
気になる伊勢の秘境
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鷲嶺の中腹(280m)、伊勢の奥地にある神秘の洞窟。できてから100万年以上が経過していると推定され、昔は僧侶がここで修業をしたとも言われています。


正覚寺【しょうかくじ】
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当寺は和歌山藩円座組の大庄屋であった米山九代の裔、米山多右衛門宗持(1790~1839)が、文化8年(1811)開基、広泰寺十四世大巌和尚が開山と伝えます。もと大智庵といいましたが、元治2年(1865)正覚寺と改めました。
宋版大般若経は、中国の北宋の紹聖2年(1095)のものが中心となっています。
なお境内で三重県指定の無形民俗文化財である「羯鼓踊」が、毎年8月15日に行われます。
また境内前の道饗社には、天正8年(1580)在銘の、伊勢市最古の庚申塔があります。


神宮徴古館【じんぐうちょうこかん】
地図
式年遷宮で撤下された神宮の御神宝装束をはじめ、日本最高の技術で縫製された美術工芸品や国重要文化財の考古、歴史資料などを展示する総合博物館。
【住所】伊勢市神田久志本町1754-1
【電話番号】0596-22-1700


神宮農業館【じんぐうのうぎょうかん】
地図
「自然の産物がいかに役立つか」をテーマにした日本最古の産業博物館。設計者片山東熊による徴古館、農業館の建物は平成10年に国の登録有形文化財に。
【住所】伊勢市神田久志本町1754-1
【電話番号】0596-22-1700


神宮美術館【じんぐうびじゅつかん】
地図
第61回式年遷宮を記念して平成5年に創設。日本を代表する美術、工芸家の多彩な秀作を展示。
【住所】伊勢市神田久志本町1754-1
【電話番号】0596-22-5533


筋向橋【すじかいばし】
かつての伊勢街道、伊勢本街道、熊野街道の合流地
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各地から来た人たちがここで落ち合った交通の要所です。筋向いに橋が架かっていたことが名前の由来。現在は欄干だけが残されています。
【住所】伊勢市常磐


世義寺【せぎでら】
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当寺は、天平年間(729~748)聖武天皇の勅願を奉じて、僧行基が前山町亀谷郷に建立したと伝えています。
中世、外宮宮域の西に移り、寛文10年(1670)の山田大火には幸い類焼をまぬがれましたが、神域と寺門の接するのを憂えた山田奉行によって現在地に転じました。
この間、当寺は、大峰山修験道の先達寺院として盛時には十余坊の塔頭をかぞえましたが、歴史の中で今日にのこるのは護摩堂であったこの威徳院のみとなりました。
しかし、毎年7月7日に行う柴灯(さいとう)大護摩は、日本三大護摩の一つと呼ばれ、内外両宮の法楽から万民悦楽までを祈る激しい祈祷で当時の伝統を残しています。
【住所】三重県伊勢市岡本2-10-80
【電話番号】0596-28-5372
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太江寺【たいこうじ】
地図
長い階段を登りきったところにある由緒のあるお寺。
辺りは静かな雰囲気で、しっとりとした上品な感じを受ける。
4月下旬から5月上旬には「藤」、6月には「紫陽花」の名所として知られている。
ユースホステルも兼ねており、リーズナブルに泊まることができる。
【住所】伊勢市二見町江1659
【電話番号】0596-43-2283


大林寺【だいりんじ】
油屋騒動の主人公が眠る寺
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古市三大遊郭の一つ「油屋(あぶらや)」で起こった刃傷沙汰(にんじょうざた)・油屋騒動の主人公を悼み、遊女お紺と孫福斎(まごふくいつき)の墓「比翼塚(ひよくづか)」が建っています。さらに境内には郷土俳人の2つの句碑もあります。
【住所】伊勢市古市町
【電話番号】0596-28-4541


丁塚古墳【ちょうづかこふん】
伊勢市最古の古墳
地図
6世紀前期に造られた径29メートル、高さ4メートルの円墳。地籍図や名字から考えると、水濠をもった前方後円墳である可能性も…。別名「経塚古墳(きょうづかこふん)」とも呼ばれています。
【住所】伊勢市西豊浜町


等観寺【とうかんじ】
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当寺は、応永元年(1394)、後小松天皇の勅願による草創、開山は大翁真覚禅師であります。
慶安元年(1648)、三河国新城城主の実弟吉山玄賀(きつさんげんが)禅師が中興開山となって大いに寺観を整えました。
明和2年(1765)の改築大修理により現在の規模が完成し、明治初めの廃仏毀釈の波をのり越えて今日に至りました。


籐商玉屋【とうしょうたまや】
地図
伊勢では、初孫が生まれると籐の乳母車を贈ります。そんな庶民の風習を支え続けてきたのが、昭和の初めから乳母車を手作りしている「籐商玉屋」。ここでは、県下でも珍しくなった籐職人の仕事ぶりがうかがえます。店の奥で乳母車の製作に励むのは、玉村実三郎さん、周郎さんの父子。この道70年の実三郎さんの手は、休むことなく上へ下へとリズミカルに働き、細長い籐づるを器用に作ります。一人前になるまでに10年はかかるといわれ、力の入れ具合やカンは、とても一朝一夕に修得できるものではありません。店内には、籐の家具やインテリア製品も並んでいます。希望すれば、籐工芸教室にも参加できます。
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長峰神社【ながみねじんじゃ】
地元の愛称は「おすめさん」
地図
伊勢音頭の遊女や古市歌舞伎の役者の祖神(おやがみ)として、芸能の神様である天鈿女命(あめのうずめのみこと)が祀られており、俳優さんや女優さんたちが参拝することも多い神社です。「おすめさん」とは、祀られている神様たちの総称のことです。
【住所】伊勢市古市町333-1


何木塚【なんのきづか】
芭蕉が外宮を句で表現
松尾芭蕉の句碑。「野ざらし紀行」「笈の小文」の旅で幾度か伊勢に立ち寄り詠んだもの。西行法師が神宮を詠んだ心を踏まえて詠んだもので、外宮に漂う神秘的な「にほひ」で表現しています。
【住所】伊勢市岡本


日蓮上人誓いの聖跡【にちれんしょうにんちかいのせいせき】
3つ誓いを内宮に祈願
1253年、日蓮上人が関東下向の途中で旧常明寺(倭町)に参籠し、境内の井戸を潔斎して3つの誓いを立てた場所。誓願塔や石造宝塔が建てられています。
【住所】伊勢市倭町


野口みずき記念碑【のぐちみずききねんひ】
野口選手、原点の地
地図
アテネ五輪女子マラソンで伊勢市出身の野口みずき選手が金メダルを獲得した功績を祝い、倉田山公園野球場前に建てられました。学生時代に実際に練習したコースを“みずきロード”と呼んでいます。
【住所】伊勢市楠部町159
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梅香寺【ばいこうじ】
地図
当寺は徳川家康の側室・お梅の方(1586~1647)(蓮華殿窓誉梅香禅尼)の願いにより、当地出身の蓮随(れんずい)上人(~1621)が元和元年(1615)蓮随山上(外宮西南1km)に創建し、明治45年(1912)現在地に移転中興いたしました。
当山は8世広誉詮雄(江戸増上寺28世貫主)9世要誉寅載(同増上寺経蔵司)などの高徳を経て、現在25世に至っています。
また梅香禅尼にまつわる諸種の遺品を蔵しています。境内に毘沙門堂・句碑・歌碑などがあります。旧地の近くに梅香禅尼の五輪塔のお墓があります。


二見浦海水浴場【ふたみうらかいすいよくじょう】
伊勢志摩に遊びに来たなら、海のすばらしさを存分に楽しんでいこう。
白砂青松の二見浦は、渚100選にも選ばれた美しいビーチ。
さらに、なんと、この二見浦海水浴場は、明治15年、全国海水浴場の第一号「海水浴発祥の地」なのです。


二見興玉神社【ふたみおきたまじんじゃ】
地図
この神社の御神体は海底にあり、その御神体を遥拝するかたちで夫婦岩が鳥居となっている。
縁結び、交通安全等のご利益で知られている神社。


船江上社【ふなえかみのやしろ】
地図
当社地は、むかし、外宮摂社・河原淵神社の社地であったとされています。
戦国時代、荒れるにまかせたその宮跡に、付近の住民が自分たちの産土神をまつったようです。祭神は古来八幡神など称していましたが、大正2年、その河原淵神社の祭神・澤姫神を当社の主祭神ときめました。
なお、社名は、むかし船江に上下の二村があり、当社が上船江に位置し、この地の産土社であることをあらわしています。
また神社の前の池は朧ヶ池といい、かつて宮川の分流がここを通って勢田川にそそいでいた名残です。
どんな日照りでも、涸れることがないといわれています。
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松井孫右衛門人柱堤【まついまごえもんひとばしらづつみ】
宮川を鎮めた孫右衛門さん
地図
江戸時代に、毎年洪水を起こしていた暴れ川・宮川から田畑や家を守ろうと、自ら人柱となった庄屋・松井孫右衛門。その功績から神様として祀られ、石碑と社が建てられています。
【住所】伊勢市中島


松尾観音寺【まつおかんのんじ】
除災や縁結びにご利益
地図
奈良時代、行基により開かれた日本最古の厄除観音寺。龍池山の龍神伝説にちなみ、除災や縁結びなどにご利益があります。本堂内の壁面を埋める極彩絵の美しい絵馬や額が見どころ!
【住所】伊勢市楠部町松尾山
【電話番号】0596-22-2722


松下社【まつしたしゃ】
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松下地区の氏神さまです。加木牛頭(かぎごず)天王社・御船社・蘇民(そみん)の森ともいわれています。
当社の創立は不詳であります。『氏経日次記(うじつねひなみき)』文安6年(1449)の記事が古い記録です。
この社にいつの日か素盞鳴尊と同神とされる牛頭(ごず)天王が勧請され、やがて同神とかかわる蘇民社もまつられたものでありましょうか。
蘇民社では古くから「蘇民将来子孫」と書いた桃符を配布し(領布初祭12月16日)、近郊ではそれを受けて注連縄に吊し、今に至っています。
なお牛頭天王の縁起を書いた元和6年(1620)銘の儀軌が、当会所に蔵されています。
また境内に樹齢1000年といわれる大楠(県指定天然記念物)もあります。


御食神社【みけじんじゃ】
家庭を守る水の言い伝え
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倭姫命(やまとひめのみこと)に御水を奉った老人の霊がご祭神。神社内の「辰の井」から汲み上げた水を家の周囲に掛け、残りの水を台所に供えると火災や水難から逃れられると言われています。
【住所】伊勢市神社港


御塩浜【みしおはま】
神宮に良質の塩を奉納
伊勢神宮にお供えされ、お祓い・お清めにも使われる塩を作る入浜式塩田。五十鈴川の河口近くにあり、海水と淡水がほどよく混じりあうことで、きめの細かい塩が作られます。
【住所】伊勢市二見町西


御手洗場【みたらし】
美しい石畳
伊勢神宮・内宮の五十鈴川岸辺にある禊ぎの場。石畳は、徳川綱吉の生母である桂昌院(けいしょういん)の寄進と言われています。
【住所】伊勢市宇治館町


宮川堤【みやがわつつみ】
必見!宮川の桜並木
伊勢神宮外宮の北西を流れる宮川の堤で、「一目千本」と呼ばれる約1キロの桜並木は「さくら名所100選」の一つ。毎年春に行われる春まつりは、大勢の花見客で賑わいます。
【住所】伊勢市中島・宮川


御幸道路【みゆきどうろ】
石灯籠が彩る神都の街道
外宮と内宮を結ぶ道路で「御成街道(おなりかいどう)」とも呼ばれ、沿道に石灯籠が立ち並ぶ様子は神都ならではの風景。また、真珠王である御木本幸吉氏から寄贈の桜・楓・楠が、四季を通して楽しめるように植樹されています。


明星寺【みょうじょうじ】
地図
寺伝では天正元年(1573)東寂光禅師の開基とされています。
本尊阿弥陀如来坐像(県文)は桧材、寄木造り、漆箔像。もと字山田原の密巌(みつごん)寺(臨済宗東福寺派・廃)の本尊であったとされています。
収蔵庫内には、もと本尊薬師如来坐像(重文)を安置しています。像高103cm。桧材、寄木造り、もと漆箔像。現在は素地をあらわしています。


明治天皇巡幸の碑【めいじてんのうじゅんこうのひ】
明治天皇の神宮参拝を記念
舟参宮の着場であった神久地区は、当時茶屋が二軒あったことから地名を二軒茶屋と名付けられました。明治5年、明治天皇が海路で神宮参拝をした時の記念碑が残されています。
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山田奉行所跡【やまだぶぎょうしょあと】
徳川幕府は直轄地の支配のために、全国の要地に遠国奉行を置きました。当奉行所はその中の一つで、慶長8年(1603)創置されました。初代奉行は長野内蔵允で、度会郡有滝村(伊勢市有滝町)に開庁しました。寛永12年(1635)花房志摩守のとき、ここ小林村へひき移り、慶応4年(1868)の廃絶まで230余年、奉行は48名に及びました。
当所は老中の支配に属し、神宮の警衛、造営に関与し、宇治と山田(伊勢市)の庶政の監督、公事訴訟、伊勢湾海防などの役務を担いました。
奉行はほぼ上級旗本で、ご用人以下同心、水主など100人ほどの編成でありました。
役屋敷は13,960坪(46,100平方メートル余)で環濠を巡らせていました。明治6年以降の官有地払い下げで民有地になりました。


山田奉行所記念館【やまだぶぎょうしょきねんかん】
江戸町奉行・大岡忠相の原点
地図
大岡忠相が奉行を務めていたことで有名な山田奉行所。1845年の火災後、新築した際の図面を基に、書院や罪人を調べるためのお白州など公的部分の一部を復元したものです。
【住所】伊勢市御薗町上條1602
【電話番号】0596-36-8833
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離宮院址【りきゅういんし】
王朝ロマン漂う国史跡
伊勢神宮の祭祀をつかさどる斎王が奉仕のときに泊まった宿舎跡と云われる離宮院址。現在は、梅林や桜の整備された自然豊かな「離宮院公園」となっています。(国指定文化財)
【住所】伊勢市小俣町本町
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和具屋【わぐや】
創業以来250年近く続く問屋で、店から奥の蔵へ続く全長60mのトロッコレールなども残り、予約すれば町の歴史などを教えてもらえます。
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